城下の繁栄をもたらした小田原用水

戦国小田原を支えた驚異のインフラ

戦国期、三代・氏康の時代に整備されたと伝えられる「小田原早川上水」は、日本最古級の都市水道とされる。早川を水源とし、箱根山麓から城下へ水を導く仕組みであった。

発掘調査では、精密に組まれた木樋(もくひ)や石組みの遺構が確認されており、城郭中枢部から町屋の各戸へ清潔な飲料水を供給する高度なシステムの存在がうかがえる。このインフラは城下の衛生環境を大きく改善し、過密化する城下町の人口増加と商業発展を支える重要な基盤となった。

小田原用水

戦国か、江戸か。成立年代をめぐる謎

しかしながら、この小田原早川上水の「成立年代」については慎重な議論もある。従来は北条氏康の時代、すなわち16世紀半ばの整備とされてきたが、実際には江戸時代初期に本格的な整備が行われたのではないかという説も指摘されている。とりわけ、木樋を用いた高度な配水システムが戦国期にすでに完成していたのかが大きな論点である。

多くの発掘調査で戦国期の遺構自体は確認されているものの、現在見られるような整然とした水道網の多くは、江戸時代の大改修による可能性があるとの見方もある。小田原市教育委員会の報告でも、戦国期の用水は主に素掘り水路であり、木樋による精巧な各戸配水は江戸期に入ってから本格化したとする慎重な見解が示されている。

未完のミステリーと専門家の模索

一方で、これらの慎重論に対する反論も存在する。「小田原早川上水」や城下の町割りの計画性をめぐっては、成立年代や実態評価について専門家の間で多角的な検討が続けられており、いまだ統一的な見解には至っていないのである。

お城をつくる会

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