関東大震災の壊滅と市民による保存運動

町民が守った「小田原の堀」
大正12年(1923年)、関東大震災により城域の石垣はほぼ全域で崩落し、二の丸の御用邸も全壊した。
昭和2年、宮内省からの払い下げに伴い、維持管理の困難から堀の埋立案が浮上したが、町民による猛烈な反対運動が巻き起こった。最終的に神奈川県知事の仲介により外堀は保存され、内堀の一部埋立にとどめることで決着をみた。
近代公園から「市制記念」の石垣再建へ
昭和7年に石垣、同9年に隅櫓が復旧され、城跡は近代公園として再生。戦後の昭和25年には市制10周年(※原文20周年を修正)記念事業として、崩落したままだった天守台の石垣再建が行われ、本格的な復興への機運が高まった。

認定NPO法人みんなでお城をつくる会
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